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静岡地方裁判所 昭和38年(行)4号 判決 1966年1月29日

原告 遠藤覚 外一一八〇名

被告 静岡市

主文

被告は、別紙請求認容一覧表記載の各原告に対し、それぞれ同表認容額欄記載の各金員およびこれらに対する昭和三九年二月六日以降右各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

右一覧表記載の原告らのうち、原告番号一七九、一八〇、一八二、一八三、一八六ないし一八八、一九〇ないし一九二、一九七、五七〇、五七一、五七四、五七五、六〇七ないし六〇九、六一一、六一二、六一五ないし六一七、六五六ないし六七六、六七八ないし六八〇、六八二ないし六八七、六八九、六九〇、七五一、七五二、七五四、七五七ないし七六〇、七六九、七七三、七七五、七七八、七七九、八一七ないし八三二、九八五、九八九、九九七、九九八、一〇〇二ないし一〇〇六の各原告(以下第一グループの原告と称する)を除くその余の各原告(以下第二グループの原告と称する)のその余の請求および右一覧表記載の各原告を除くその余の各原告(以下第三グループの原告と称する)の各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用中、第一グループの原告らと被告との間に生じた分は被告、第二グループの原告らと被告との間に生じた分はこれを五分し、その四を第二グループの原告ら、その余を被告、第三グループの原告らと被告との間に生じた分は第三グループの原告らの各負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一、被告は、原告らに対し別紙目録債権額欄記載の各金員およびこれらに対する昭和三九年二月六日以降右各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決、ならびに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、原告らは、別紙目録勤務校欄記載のとおり、それぞれ静岡市立小、中学校に勤務する教職員であつて、別紙時間外勤務手当明細表記載の各俸給(本俸および暫定手当)を支給されているものであり、被告は、原告らの勤務する小、中学校の設置者であつて、学校教育法第五条によりその経費を負担すべきものである。

二、原告らの正規の勤務時間は「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(昭和二八年静岡県条例第三二号)(以下「勤務時間条例」と略称する)第二条、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則」(昭和二八年静岡県人事委員会規則一三―一)(以下「勤務時間規則」と略称する)第二条により一週間につき四四時間とされ、その割振は、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時一五分まで、土曜日は午前八時三〇分から午後零時三〇分までと定められている。

三、原告らは、昭和三七年四月から同年一〇月までの間に(但し服織西小学校および賤機北小、中学校に勤務する原告らについては昭和三八年九月中も含む)別紙時間外勤務手当明細表記載の日時、時間にそれぞれ所属学校長の指示に従い同表「時間外勤務の内容」欄各記載の勤務をなすため、前記正規の勤務時間を超えて勤務を行つた。

その内容の一は、学校教育法施行規則第二四条第一項(小学校の場合)、同規則第五三条第一項(中学校の場合)に基く学校行事等(本件においては体育祭、文化祭、修学旅行、運動会、遠足、開校十周年記念式)であつて、いずれも学習指導要領に規定されているものである。他は職員会議等であつて、職員会議は学校教育の基本方針の決定、教育課程の編成、生徒の入、退学、学校予算等校務全般につき審議する場であり、学校教育を民主的に円滑に運営していくために原告ら教員がこれに出席することは必要にして不可欠のものである。企画委員会、運営委員会、行事委員会についても学校長から委員に指名された者について右と同様である。「朝の職員の打合わせ」は、日々発生する所属学校の種々の問題を打合わせるため学校長が定める授業開始時刻前に原告らをはじめ所属学校教職員が参加するものである。右いずれも原告ら教員の職務に属することは疑のないところである。

四、そこで、被告は、原告らの右時間外勤務について、労働基準法第三七条、同法施行規則第一九条第一項第一号、静岡県教職員の給与に関する条例(昭和三一年静岡県条例第五二号)(以下「給与条例」と略称する)第一八条により一時間当り

給料月額×12/1週間の勤務時間44×52×(1+0.25)円

の割合による手当を支払う義務があるが、これを各原告について計算すると前記時間外手当明細表記載の債権額となるところ、被告はこの支払に応じようとしない。

よつて、原告らは、被告に対し、本訴においてそれぞれ前記時間外勤務手当およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三九年二月六日から右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(被告の申立)

一、原告らの請求はいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項の事実は争う。被告は原告らに対し、原告ら主張の如き時間外勤務を命じたことはない。

四、同第四項挙示の法令、規則が存在することおよび被告が原告ら主張の時間外勤務手当の支給に応じないことは認めるが、その余の事実は争う。

(被告の主張)

一、学校教育法第五条に基き静岡市立小、中学校の設置者の静岡市を被告としている本件原告らの請求は被告適格を誤つて正当の当事者以外の者に提起した失当な訴えである。すなわち、現在我国の教育法制、教育財政上義務教育学校の場合は教育費国庫負担制の立前が実施されているものであつて、原告が主張する学校教育法第五条もこれに照応し「学校の設置者はその設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その経費を負担する」と規定せられ、「法令に特別の定のある場合」の最も主要なものとして存在する市町村立学校職員給与負担法第一条の規定内容からして、仮りに原告らにその主張の如き時間外勤務手当請求権があるものとしてもこれらの手当は全額都道府県すなわち静岡県が負担する法律関係にあるので、被告は右時間外勤務手当の支払者たる立場にないのである。

二、地方公務員法、ならびに、地方自治法は、労働基準法に対し特別法の関係にあるから、前二者は後者に対して優先して適用されるべきところ、地方公務員法第二四条第六項、地方教育行政の組織および運営に関する法律第四二条によれば、県費負担教職員に該当する原告らの勤務条件は静岡県条例に拠るべきものであり、一方地方自治法上原告らは「地方公共団体の常勤の職員」(同法第二〇四条第一項)に該当するところ、同法は常勤の職員に対し「給料および旅費を支給しなければならない」(同法第二〇三条第一項)とされているのに対し時間外勤務手当その他の法定の諸手当については「条例で前項の職員に対し支給することができる」(同法条第二項)と規定せられているのであつて、原告らの本件請求の根拠規定は右法条にあるので、労働基準法を根拠とする原告らの見解は失当である。しかして、地方公務員に対する給与、手当等の給付はすべて法律又はこれに基く条例の定めるところに従つて支給されなければならず、法令で定められた以外の場合にこれを支給することは法律の禁止するところである(同法第二〇四条、同法第二〇四条の二)。ところで、静岡県においては、教職員の時間外勤務手当に関し、「給与条例」第一五条は、「正規の勤務時間をこえて勤務することを命ぜられた職員には……を時間外勤務手当として支給する」と規定し、同条例の実施に関して必要な事項を定めた「職員の給与に関する規則」(昭和三二年人事委員会規則七―二五)(以下「給与規則」と略称する)第二七条第一項は、「時間外勤務手当は、時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を基礎として支給する」とし、時間外勤務命令簿の様式は同規則別表第九に規定されている。他方、職員に対し時間外勤務を命ずることができる場合およびその命令権者については、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(昭和二八年静岡県条例第三二号)第八条において「県教育委員会が、特定に定める場合に限り、これを命ずることができる。」と規定されている。すなわち、原告らに対し時間外勤務手当が支払われるのは、県教育委員会が所定の時間外勤務命令簿によつて時間外勤務を命じ、これにしたがつて勤務がなされた場合に限られるところ、原告らの主張する勤務に関しては、右のような時間外勤務命令簿に基く命令のないことは勿論、県、もしくは、市教育委員会はいかなる形式においても原告らに対しその主張するような勤務を命じたことはないのであるから、原告らの主張する勤務は前記各法条所定の要件をそなえていないところの法律上の意味における時間外勤務とはいえないのである。

三、原告らは、校長の指示により時間外勤務をした旨主張するけれども、静岡県においては、従来から入学者選抜学力検査事務に関してのみ教職員に時間外勤務を命ずる方針をとり、各年度各学校毎に入学者選抜学力検査関係時間外勤務手当の予算を令達しているが、これ以外に教職員に対する時間外勤務手当について予算が令達されたことはなく、各学校長に右の入学者選抜学力検査事務に関しては教職員に対し時間外勤務を命ずる権限は委任しているが、それ以外の場合に時間外勤務を命ずる権限を委任したことはない。このことは原告らにおいても了知していたところであり、このような方針がとられるのは、原告ら教職員の勤務の態様が区々で、学校外で勤務する場合等は学校長が監督することが実際上困難であるという勤務の特殊性にかんがみ、時間外勤務を必要とするときは原則として勤務時間の振り替えによるべきであるとする文部省の方針にもとづくものであつて、学校長にかような勤務時間外勤務を命ずる権限のないことは明らかである。したがつて、学校長の指示は権限のない行政機関の行為であつて無効であるから、たとえ校長の指示にしたがつてその主張のような勤務をしたとしても法令の定めるところに従つて時間外勤務をしたことにならないのであるから、かかる勤務に対しては前示地方自治法第二〇四条の二で明白に禁止しているように手当を支給することを得ないのである。

四、広く法律の運営には予算が伴わなければならない。予算を離れてその運営はあり得ないのであつて、法令の解釈や法令に基く行政行為の解釈もまた予算との関連を考慮の外におくことはできない。ところで、地方公務員たる原告らの時間外勤務手当請求については、地方公務員法、地方自治法およびこれにもとづく県条例を優先して適用すべきものであることは前述したとおりであるが、地方自治法第二一〇条、第二三二条の三によれば、地方公共団体は法令によつて経費支出の義務を負うが、その経費はすべて予算に計上されねばならないところ、義務教育費国庫負担法第二条および市町村立学校職員給与負担法第一条は、時間外勤務手当については、事務職員についてのみ国庫負担および県費負担を認め、これと軌を一にして地方交付税法においても教育費の中の「時間外勤務手当」は事務職員についてのみ計上されているが教職員については全然計上されていないのであつて、静岡県においてもその建前で条例等が制定されているのである。これは教職員の勤務の特殊性にもとづき昭和二三年六月の給与ベース切替の際その給与額が一割程度増額された沿革上の理由にもとづくもので、全国共通の取扱いである。すなわち、原告ら主張の如き時間外勤務手当は地方財政制度上からもこれを支払うべき余地はないのである。

五、原告らの勤務時間は「勤務時間条例」第二条により週単位で定められているのでその割振については「勤務時間規則」第二条に規定されているところであるが、右規則にいう「午前八時三〇分」、「午後五時一五分」、「午後零時三〇分」等の文言は、勤務時間の始期および終期についての基準とすべき時刻を示すにとどまり、一分刻みの正確な時刻を規定したものと解するのは失当である。右条例制定の前後を通じて勤務時間の始期および終期は、父兄の職業、教職員の通勤状態等をかんあんして学校長が学校ごとに決定し、教育委員会の監督に服しているのである。右条例、規則の運用上たまたま特定の日の勤務時間が八時間を超過することがあつた場合には当該職員につき翌日または前日の勤務時間を短縮してその埋合わせをしているもので、各学校とも午後四時頃を基準として教職員の任意退出を認めているため、大部分の日の勤務時間は八時間に充たないし、生徒の休む夏休、冬休、春休等の期間中には勤務時間および勤務の態様についてきわめてゆるやかな取扱いが行われているのである。「勤務時間条例」第八条第一項に定める「正規の勤務時間とは同条例第二条第一項の「職員の正規の勤務時間は、一週間について四〇時間を下らず四八時間をこえない範囲云々」に対応するものでその意味するところは勤務時間数であつてその始期又は終期を意味するものではない。」したがつて、単に「始期より前の時間」ないし「終期より後の時間に勤務した事実があることのみをもつて、直ちに同条例第八条所定の時間外勤務があつたとするのは失当である。原告らの主張する時間外勤務が「一週間について四八時間をこえた勤務」(同条例第二条第一項)、「月曜日から金曜日までは一日八時間をこえ、土曜日は一日四時間をこえた勤務でしかも接着した日にその埋合わせがなされていない勤務」(同規則第二条)に当るかどうかについては、何らの主張、立証もないし、却つて前記のように原告らの各々の実働時間は一日につき八時間に満たなかつたものであるから、右条例第八条にいうところの時間外勤務の実態をそなえた勤務ということはできない。

六、仮りに、原告ら主張の勤務が時間外勤務であると認められるとしても、本件の如き時間外勤務については時間外勤務手当は支給せず、また請求もしない旨の事実たる慣習があつたもので、原告らは時間外勤務手当の請求権を有しないのである。すなわち、教職員の出勤退庁については従前からその職務の特殊性に鑑み必ずしも正規の勤務時間がそのまま遵守されているわけではなく、例えば生徒の夏、冬の休暇等には場合により長期間出勤しないことが例となつているのであり、他面入学試験の採点等特別の場合に限り所定の手続をとつて時間外勤務手当を支給するほかは、通常の場合教職員が正規の勤務時間後に学校に居残つて仕事をする等のことがあつても、これに対しては時間外勤務手当を支給しないことは静岡県のみならず広く全国各都道府県において共通して多年行われてきている事実である。そして財政的にみても前述のように国が作成する各年度の地方財政計画には教職員の時間外勤務手当の財源がもられていないし、静岡県および被告静岡市の予算にも右財源は計上されていない。これらの事実は原告らも知悉しているところで、現に原告らは本件訴訟以前においては特定の具体的勤務に対する時間外勤務手当を請求したことはないのである。

教職員に関する時間外勤務については右のような事情にあり、入学試験の採点等特別の場合を除き、通常の場合教職員が正規の勤務時間外に居残る等して仕事をしてもこれに対しては時間外勤務手当を請求せず、また支給もしないという「事実たる慣習」が存在するのである。時間外勤務手当の請求権は、公序上不行使ないし放棄を妨げない権利であり、原告らは右のような多年にわたる普遍的な「事実たる慣習」に従つてきたし、本件の時間外の仕事についても右慣習に従つて行つたものであるから時間外勤務手当を請求することは右慣習に違反しゆるされないのである。

(被告の右二ないし六の主張に対する原告らの反論)

一、原告ら地方公務員は、地方公務員法の適用を受けるとともに同法第五八条第二項に規定されている範囲で労働基準法の適用を受けるのである。すなわち、原告らの勤務条件を条例で定めるに当つては労働基準法の定める基準を下まわることが許されないのであり、もし下まわる場合は同法第一三条によりその部分は無効とされ同法所定の基準によるべきものなのである。従つて原告らについて同法第三七条の適用のあることは明らかである。しかも、「給与条例」第一五条に正規の勤務時間をこえて勤務することを命ぜられた職員には時間外勤務手当を支給する旨の規定があり、これら法律条例にもとづいて原告らは本訴請求をしているのであるから、地方自治法第二〇四条の二に違反することはない。被告の主張する給与規則は右給与条例にもとづき時間外勤務手当を支給する手続を規定したものに過ぎず、その趣旨は「実際に勤務した時間を基礎」として手当を支給するという極めて当然のことを規定したもので、時間外勤務命令簿の有無が時間外勤務手当の可否を決するものではなく、実際に時間外勤務をしたか否かがそれを決するのである。正規の勤務命令簿に記載がないというようなことは、使用者側の一方的、内部的事由であつて、それを理由に原告らの本件請求を拒み、原告らに無報酬の労働を強い得るというのは本末を転倒した理くつである。

二、学校教育法第五一条、第二八条第三項によれば、「校長は校務を掌り、所属職員を監督する。」と規定されている。したがつて、校長は、その監督権の範囲内において所属職員に労務管理事務を行うものである。労働基準法第一〇条によれば、同法で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為するすべてのものをいうのであるから、同法上は、事業主のため労働条件に関する指示をなす権限を制度として有しているものはすべて使用者として取扱われる。したがつて校長は労働基準法上所属職員に対する監督権の範囲内では使用者として取扱われる。本件時間外勤務は、校長すなわち使用者の指示によりなされたものであるから、労働基準法第三七条にもとづき当然所定の割増賃金が支払われるべきものである。原告ら教職員は労働者であり、かつ、その実体はいわゆる従属労働者であつて、自己の労働時間を自由に自ら決定することができないのであつて、本件時間外勤務は、監督者である校長の指示にもとづきそれを余儀なくされたのである。被告は、校長に時間外勤務を命ずる権限が条例上ないことを根拠に原告らの本件時間外勤務を法律的意味における時間外勤務といえない旨主張するけれども、仮りに校長の指示、命令が無効であるとしても、原告らが余儀なくされた本件勤務を消去してしまうことはできないのであつて、かかることを理由にその手当の支払を拒むが如きは、クリーンハンドの法理に照らしても許さるべきものではない。

三、被告が前記第三項で主張する法条において、教職員の時間外勤務手当を除外していることは被告のいうとおりであるが、市町村立学校職員給与負担法は、市町村立小、中学校の教職員の時間外勤務手当は同法にもとづき県の負担とさせないことを規定したにすぎず、これを支給しないと規定したものではなく、市町村においてこれを負担すべきことは明瞭である。前記「給与条例」第一五条にも原告ら教職員に時間外勤務手当を支給するということが規定されており制度としても存在するのであつて、被告が原告らに対する時間外勤務手当の予算を計上していないことは被告の責任である。それが本件時間外勤務手当の支払を免れる理由にはならないこと当然で、被告はそれをあらためて予算に計上すれば足りることである。なお、被告の所論ベース切替の際の増額は、教員に対し時間外勤務手当を支給しない代償としてなされたものでなく、一般職員と比較して教員の労働密度が高いことを重視したものである。

四、原告らの正規の勤務時間は、「勤務時間条例」第二条第一項、「勤務時間規則」第二条により「一週間につき四四時間とする」と明定されており、被告の主張する一週間四八時間とする余地は全くない。その時間の割振についても右規則が明定しているところで、それが原告らの勤務時間の単なる基準であるという被告の主張も何ら根拠がない。被告の主張するように特定の日に勤務時間が八時間を超過することがあつた場合、翌日または前日の勤務時間を短縮して埋合わせをしている事実もない。本件は、原告らの勤務時間が毎日その始期と終期の割振がなされており、いわゆる変形労働時間制はとつていないのであるから、特定の日に、その日の所定の勤務時間をこえて勤務がなされれば、当然時間外勤務手当が支払われなければならない。

五、時間外勤務手当として割増賃金が支払われるべきこととされているのは、使用者をして労働者の時間外労働を恒常化せしめないため、割増賃金を支払わしめることによつてこれを抑制する趣旨があるとされている。しかも、本件の時間外勤務は、当該学校全体の計画にもとづき原告らが勤務したものであり、原告らが各自個別的に自己の職務の遂行のため独自の意思にもとづいてなしたものでない。それにも拘わらず、本件時間外勤務に当り、原告らが時間外勤務手当を請求しない旨の事実たる慣習があつたというのは暴論である。原告ら教員の職務は複雑であり、学校内外においてなす職務で自宅研修ですら認められた職務であり、毎日の勤務の密度は他の公務員に比較にならない程高いのが実情である。原告らのなした時間外勤務に対し時間外勤務手当を支給しないという事実たる慣習があつたということも、前記割増賃金が支払われるべきものとされる理由からみても到底許されるものではなく、公の秩序に反するものである。

(証拠省略)

理由

一、原告らが、別紙目録勤務校欄記載の各静岡市立小、中学校にそれぞれ勤務する教職員であり、被告が原告らの勤務する右小、中学校の設置者であつて学校教育法第五条によりその経費を負担すべきものであることは、当事者間に争いのないところである。

被告は、原告ら主張の如き時間外勤務手当は全額都道府県すなわち静岡県が負担すべき法律関係にあるので、本訴は被告適格を誤つたものである旨主張するので、まづこの点について考えるのに、前記法条によれば、学校の経費は、法令に特別の定がない限り学校の設置者がこれを負担するとの原則が定められているところ、右にいう特別の定めに当るものとして市町村立学校職員給与負担法があるが、同法第一条は同法条に掲げる給与項目のみを都道府県の負担とする旨を定めているけれども、右給与項目は限定的列挙であつて時間外勤務手当は含まれないものと解すべきである(最高裁判所昭和三二年七月二三日第三小法廷判決参照)から、結局、本件原告らにかかる時間外勤務手当の支払義務者はその勤務する各学校の設置者たる被告であるといわざるを得ない。したがつて、被告の被告適格を欠く旨の主張は採用するを得ない。

二、つぎに、原告らがそれぞれ別紙時間外勤務手当明細表(以下単に明細表という)記載の各俸給(本俸および暫定手当)を支給されているものであることおよび原告らの正規の勤務時間が、「勤務時間条例」第二条、「勤務時間規則」第二条により、一週間につき四四時間とされ、その割振は、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時一五分まで、土曜日は午前八時三〇分から午後零時三〇分までと定められていることは、当事者間に争いのないところである。

しかして成立に争いない甲号証全部と証人中川順一郎、同鈴木達正、同石橋義彦、同林正道、同野原竜雄、同鈴木正孝、同田久乙吉の各証言および原告本人寺尾義孝、同滝波勉、同田中真理子、同柴田広吉各尋問の結果、ならびに、弁論の全趣旨を総合するとつぎの事実が認められる。

(一)  原告らが、昭和三七年四月から同年一〇月までの間に別紙明細表中備考欄に×印を附した分を除き、同表記載の各年月日に、その勤務する各学校において学校教育法施行規則第二四条第一項(小学校の場合)、同規則第五三条第一項(中学校の場合)に基く学校行事として行われた修学旅行、遠足、運動会、水泳訓練、体育祭、文化祭、開校十周年記念式、工場実地見学と団体訓練児童引率等に参加したこと、右学校行事は、小、中学校各学習指導要領にも規定せられ、各学校の学校教育計画の一環として行われるものであつて、これに参加することは原告ら教職員の職務内容の一をなすものと解せられるところ、右各学校行事においては、その実施計画を立てるに当つて前記認定の正規の勤務時間における始業時刻よりも早く集合時刻が定められ、またその終業時刻よりも遅い時刻を右各行事の終了時刻(修学旅行における就寝または解散時刻等)と定められており(但し服織小、中学校に関する分を除く)したがつて右各行事がその計画とおり実施せられ、右行事に参加したことが認められる原告らについては一応時間外勤務がなされた外観を生じていること

(二)  また原告らの勤務する各学校には、校長が学校の運営を円滑に、かつ、能率的に実施する目的のもとに職員会議がもたれ、定例もしくは必要の都度月一、二回から多いときは四、五回も開かれ、原告らは、昭和三七年四月から同年一〇月までの間に、それぞれ前記明細表中備考欄に×印を附したものを除き、同表記載の各日時に、所属学校においてそれぞれ行われた職員会議に学校長の指示によつて出席したこと、右職員会議においては、校長が教育委員会の指示事項や校長会の結果必要な事項を伝達したり、校長の教育方針を理解徹底させる等のことがなされるほか、学校の教育方針、教育活動の問題、学校行事の施行に関することからP・T・Aの予算その他学校運営の全般の問題について審議され、校長においてその結果を参考として学校運営の計画を立て、これを実行していく建前であるから、原告ら教職員がこれに参加することは必要にして不可欠のものであり、原告らの職務内容の一をなすものと解すべきこと、右職員会議はおおむね平日は放課後の午後三時前後から開始され、勤務時間の終業時刻である午後五時一五分までには終了する例であるが特に必要があつて勤務時間内に審議が終らないときはそのまま勤務時間後も引続き続行せられ、また学校によつては勤務を要しない土曜日の午後に行われることもあること、しかして右会議結果(会議の開始、終了時刻、欠席者名、会議の内容等)の記載される各学校備付の教務日誌、職員会議録等の記載によれば、原告らは、それぞれ右明細表記載の日に開催された職員会議において同表記載のとおり正規の勤務時間以外の時間右会議に参加したこと、また、原告ら所属の各学校には学校運営全般についての協議をするため運営委員会、企画委員会(企画部会)、行事委員会等の各種の部会があり、各学校長から当該委員を委嘱された教職員がこれら委員として右会議に参加することは教職員の各職務内容の一をなすものであることは職員会議と同様であることおよび長田西中学校において昭和三七年四月八日に行われた運営委員会に学校長から運営委員を委嘱された原告らが学校長の指示によつて右会議に参加し別紙明細表記載のとおり正規の勤務時間以外の時間これに従事したこと。

(三)  最後に右各明細表の「時間外勤務の内容」欄に「朝の職員の打合せ」と記載されている各原告については、同原告らの勤務する各学校においては学校長の定める日課表において正規の勤務時間の始業時刻である午前八時三〇分よりも右明細表記載のとおり五分ないし三〇分早い時刻を「朝の職員打合せ」の時間と定めているため昭和三七年九月一日から同月三〇日までの間(但し、服織西小学校および賤機北小、中学校に勤務する原告らについては、昭和三八年九月一日から同月三〇日までの間)特に欠席したことの認められない各原告については同表記載の各日数分それぞれ右始業時刻よりも早い各「朝の職員打合せ」時刻までに登校し、これに参加したものと推測されること。

以上の事実を認めることができる。原告らは右(一)ないし(三)のほか別紙明細表備考欄に×印を附した学校行事、職員会議あるいは長田西中学校において昭和三七年四月八日に行われた運営委員会以外の同表記載の各運営委員会、企画委員会、行事委員会等にもその主張する年月日または時刻に参加した旨主張するが、原告らの主張する年月日または時刻にその主張の如き学校行事が行われまたは職員会議、運営委員会、企画委員会、行事委員会等が開催されたことあるいは原告らがこれに従事し、もしくは参加したことを確認するに十分な証拠がないからこれを認めるに由なく、その他前記認定を左右するに足る証拠は本件においては存しない。

三、そこで、原告らが前認定のように正規の勤務時間外にわたつて行われた学校行事、職員会議等に従事、参加したことによつて、原告らにその主張の如き時間外勤務に対する割増資金の支払請求権があるかどうかについて以下検討を加える。

公務員のいわゆる他律的労働関係については、戦前の官吏が無定量の職務忠実義務を負担したのに対し、戦後は一般の労働者と同様に勤務時間の観念が認められ、公務員としての職務専念義務も右勤務時間内に限定されるものである(国家公務員法第一〇一条、地方公務員法第三五条)ことは周知のとるりであるが、原告ら地方公務員(原告ら公立学校の教職員が地方公務員たるの身分を有することは、教育公務員特例法第三条の明定するところである。)については、その給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定める(地方公務員法第二四条)こととされ、これをうけて静岡県においては前記一、に認定したように職員の正規の勤務時間は一週間につき四四時間と定められ、かつ、その勤務時間の割振も定められているのである。しかして地方公務員法第五八条によれば、特別の除外規定を除き労働基準法は原則として地方公務員にも適用があるものとされているから同法第四章の諸規定も原告らに適用があるものというべきところ、同法第三七条によれば、使用者が同法第三三条、第三六条の規定によつて時間外労働をさせた場合は、通常の賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされ、これに対応して静岡県においても「給与条例」第一五条において「正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間をこえて勤務した全時間に対して勤務時間一時間につき第一八条に規定する勤務一時間当りの給与額の百分の百二十五(その勤務が午後十時から翌日の午前五時までの間である場合は、百分の百五十)を時間外勤務手当として支給する。」と定められているのであり、この条文にいうところの「正規の勤務時間」とは「勤務時間条例」第二条に定めるところにより人事委員会が定めた前記認定の各週日に割振られた一週間につき四四時間(「勤務時間規則」第二条)を指すことは明らかといわなければならない。(もつとも、勤務時間条例」第二条第三項によれば、「職員の勤務条件の特殊性により前二項の規定により難いものがある場合においては、任命権者は、人事委員会の承認を得て別の定とすることができる」とされているけれども、原告ら教職員についてかかる定がなされている事実は認められないから、結局前記勤務時間制によるほかはないのである。)

ところで、原告ら教職員の勤務する学校は、労働基準法第八条第一二号に掲げた教育の事業に該当するから同法第三三条第三項の適用はなく、原告ら教職員については時間外勤務を命じ得るのは同法条第一項の場合、すなわち災害その他避けることのできない事由によつて臨時の必要がある場合行政官庁(地方公務員法第五八条第三項によつて人事委員会とされる)の許可を受けて行う以外にないのであるから、原告らの勤務する各学校においてそれぞれ原告ら主張の如き学校行事、職員会議等を勤務時間外に臨時に開催する必要があるというような理由では、学校長が所属教職員に対し時間外勤務を命じ得ないものというべく、このことは、静岡県においても、その「勤務時間条例」第八条が、その第一項において一般職員については臨時に必要があるときは、任免権者が職員に対して時間外勤務を命ずることができるとされているのに対し、その第二項においては、原告ら教職員については県教育委員会が特に定める場合に限りこれを命ずることができると定められているが、県教育委員会が一般的に教職員に対し時間外勤務を命じ得る場合を定めた規定は存せず、また原告らの勤務する各学校の設置者たる静岡市においても、かかる原告ら教職員に対する時間外勤務を命じ得る場合を定めた規定は存せず、成立に争いない乙第一号証、第二号証の一、二、三、第三号証の一ないし四によつても窺われるように原告ら教職員の時間外勤務手当は市の予算にも計上されていないことに対応するのである。かくして、原告らの勤務する各学校の学校長は、原告らに対して時間外勤務を命ずる権限はないものと解するほかはないが、かような学校長の違法な時間外勤務命令によつて時間外勤務をなした原告ら教職員についても時間外勤務手当請求権が認められるかどうかは一個の問題であるといえようう。

一般に学校教育に従事する原告ら教職員の職務はその主たる内容が生徒に対する教育活動であつて、他の職種の如く労働時間をもつてこれを計ることが困難である特殊性を有することはこれを否定し得ないところであつて、前述のように教職員に対しては単に臨時の必要がある場合等の理由では時間外勤務を命じられない建前になつているのもこれに基因するのであるが、だからといつて、原告ら教職員の職務の性質上当然に時間外勤務の観念を否定しなければならないということはない(前記「給与条例」もかような場合のあることを予定して時間外勤務に関する規定を置いている)のであるから原告ら教職員を監督する権限を有する各学校長において原告らに対し明示、もしくは、黙示の指示によつて正規の勤務時間を超えて、あるいは、正規の勤務時間以外の時間に学校行事、職員会議等を開催することによつて原告らにその勤務を命じた場合、右指示、命令がなされた当時客観的に法規に反し明白に無効なものであるとまでは云い得ない以上、原告らは、上司の職務上の命令としてこれに服従しなければならないものと解すべきが当然である。しかして原告ら地方公務員についてもその時間外勤務手当の基準法として適用のある労働基準法第三七条の規定は、使用者が同法第三三条もしくは同法第三六条の規定によつて労働者に時間外勤務をさせた場合、通常賃金の二割五分増しの賃金を支払うべきことを定めたものであつて、右規定によらない違法な時間外勤務に対しては割増賃金の支払義務がないものと解すべき余地もないではないが、同法条の立法趣旨が使用者に対し時間外労働に対する割増賃金の支払を強制することによつて間接に労働者に対する一日八時間、一週四八時間の労働時間制が守られることを保障する点にあることを考えるならば、かような違法な時間外勤務に対してはなお一層強い理由で時間外勤務手当の請求権が認められなければならないものと解するのが相当であり、この理は静岡県における前記「給与条例」第一五条の解釈についてもおし及ぼされるべきもので、そう解しても何ら教育公務員の労働の特殊性に背反するものではないというべきである。かように解しないで、学校長の違法な時間外勤務命令によつてなされた教職員の時間外勤務に対して手当請求権がないと解するならば、権力服従関係にある原告らとしてはかかる学校長の指示、命令にも従わざるを得ず、教職員に対する勤務時間制は有名無実と化し、種々の弊害を招来するおそれなしとしないのである。

なお、「給与規則」第二七条には、時間外勤務手当は時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を基礎として支給すると定められ、時間外勤務命令簿の様式も別に定められているところ、本件原告らの主張する時間外勤務がかような時間外勤務命令簿に記載されていないことは明らかであるけれども、右命令簿は時間外勤務命令の有無と、これにもとずいてなされた時間外勤務の内容を明確にし、もつてその手当の支給に遺漏のないようにするために定められたものであることは、前記「給与規則」の立法趣旨に照らしても明白であつて、この命令簿に記載がないからといつて時間外勤務の事実を否定することはできないし、前記説示のように時間外勤務命令が違法になされた場合はむしろかような命令簿に記載されないことが通常であることを考えるならば、これに記載がないからといつて右手当請求権を否定することは許されないものと解するのが相当である。

さらに、被告は、地方公共団体の経費はすべて予算に計上されねばならないところ、静岡県においては高等学校の入学試験事務の場合を除き教職員に対する時間外勤務手当について予算を組んでおらず制度上これを支給し得ない旨主張し、被告において右予算を組んでいないことは明らかであるけれども、法令上教職員を他の一般公務員と異なる取扱を命じたとは認められない(参照昭和二三年法律第七五号裁判官の報酬等に関する法律第九条但書)のであるから、被告が将来にわたつて教職員についても時間外勤務を必要とすると考えるならば予算を計上することは何ら妨げないのであり、又前記説示のように違法な各学校長の時間外勤務命令によつて時間外勤務手当請求権が発生するものと解する以上財源措置を講じていないからといつて地方公共団体としてその負担すべき手当の支給を拒み得ないこと勿論である。

四、以上の観点に立つて考えると、原告らが前記二、に認定した如き学校行事、職員会議等に従事し、もしくは参加したことが所属学校長の指示、命令に基くものである限り、これをもつて正規の勤務時間以外の勤務といわざるを得ず、これに対して被告は所定の時間外勤務手当を支給すべき義務があるものといわざるを得ない如くであるが、前記二、の(一)に認定した学校行事のうち「修学旅行および遠足」ならびに(三)に認定した「朝の職員打合せ」の勤務については、さらに他の見地からも検討を加える必要がある。すなわち、

(一)  前記二、の(一)に認定した学校行事のうち、修学旅行および交通機関を利用して行われる遠足等の如く原告らがそれぞれ勤務する所属学校を離れてかような行事が行われ、これに原告らが参加する場合には、職員が公務のため一時その在勤官署を離れて旅行する、いわゆる出張に該る場合であるからこれに対しては旅費が支給せられることとなるところ、その支給方法は条例で定めなければならないこととされている(地方自治法第二〇三条、第二〇四条、地方公務員法第二四条第六項)が、原告ら教職員については静岡県において右条例が未制定であるため、なお従前の例による(地方公務員法附則第六項)とされ、結局国立学校の教育公務員の例により、国家公務員等の旅費に関する法律(昭和二五年法律第一一四号)によることとなる。

ところで、原告らが出張して公務に従事する場合、一応は正規の勤務時間内公務に従事したとみられるけれども、「給与規則」第二七条第二項によれば、「公務により出張中、出張目的地において正規の勤務時間をこえて勤務すべきことを任命権者があらかじめ命じた場合においてその勤務時間につき明確に証明できるものについては、時間外勤務手当を給する」ことと定められているので、本件の場合、前掲各証拠によれば、原告らの所属する各学校においては、修学旅行、遠足を実施するに当つては、その目的や日程、引率者、費用等の計画案を作成しこれを学校長の名で市教育委員会に承認を求め、その認可を得て実行しているもので、右計画によれば、原告らの主張する別紙明細表に各記載の如き時刻がその行事の集合時刻、乗車、出発時刻あるいは就寝時間、起床時刻、さらには解散時刻等と定められているので、右旅行、遠足がその計画通り実施せられたとすれば、原告らにつき一応前記規則の条項に定める時間外勤務がなされたのではないかと推測されるのである。しかしながら、証人石川義彦、同野原竜雄、同田久乙吉の各証言および原告滝沢勉本人尋問の結果ならびに本件弁論の全趣旨を併せ考えれば修学旅行あるいは遠足は年間一、二回を出ない頻度の極めて少ない行事であり、これに従事する期間も遠足は一日で終り、修学旅行は三日ないし四日で終るが前日および翌日には参加教員に対し勤務が軽減されるのを通例としていることが認められるのみならず、原告らの右修学旅行あるいは遠足に従事した勤務をその労働の性質からながめてみると、その実体は生徒の引率または生徒への付添であつて教職員の本務に附随する労働というべく、現下の交通事情、旅館等宿泊施設の状況などを勘案する場合その責任の重大であることはこれを認めるにやぶさかでないが、車中あるいは旅館内における原告らの労働は常態として身体の疲労または精神的緊張の著しく高いものではなくて観光ないしレクリエーシヨン的色彩を多分に帯びていることは否定し得ないところであつて、これに付添を希望する教職員も多い実情にあることが認められ、その実質は労働基準法第四一条第三号にいわゆる監視または断続的労働に該り、かつ、客観的にみて同号の許可基準に該当するものと解するのが相当である。そして労働の性質においてそのように解せられる以上行政官庁の許可を受けた者ではなくてもその違法性とはかかわりなく、かかる労働に対する対価としては、時間外勤務の割増賃金支払義務は発生しないものと解するのが妥当である。したがつて、この点に関する原告らの時間外勤務手当の本訴請求はその理由がないものとするほかない。

(二)  つぎに前記二の(三)に認定した「朝の職員打合せ」について考えてみるのに、前掲甲第一ないし第五八号証に鈴木達正、寺尾義孝、石橋義彦、野原竜雄、鈴木正季、田久乙吉各証人の証言および原告田中真理子本人尋問の結果を総合すると、各学校とも「朝の職員打合せ」の時刻までに登校することを建前とはしていても実際は始業時刻の後に定められている第一時限の授業が開始される迄に登校すれば遅刻(時間休暇)としない取扱いであつたことが看取できるのみならず、各学校の日課表によれば教職員の平日における学級活動は午後三時一五分ないし四五分に終り、同四時一五分ないし三五分を下校時刻と定められており、終業時刻以前に帰宅することが一般に容認されているが、これは「朝の職員打合せ」や昼休みの給食のための勤務時間と振替える趣旨で運用されているものであることを認めることができる。したがつてこの点の原告らの時間外勤務手当の本訴請求も理由がないことになる。

五、被告は以上のほかに正規の勤務時間外になした原告らの勤務に対しても、翌日または前日の勤務時間を短縮して埋合わせをしているから、一日八時間、一週四八時間の労働時間を超過した事実はなく、したがつて時間外勤務手当支払義務はない旨主張するけれども前記認定のように原告ら教職員について労働基準法第三二条第二項に規定するいわゆる変形八時間労働制がとられているものと解すべき法規は見当らず、たゞ県教育委員会は、前記一、に認定した勤務時間の割振について、職員の勤務条件の特殊性により右の割振により難い場合には、人事委員会の承認を得て別の定をすることができるとされている(「時間条例」第二条第三項)のに止まるところ、現在静岡県においては、右規定にもとづき原告ら教職員に対し人事委員会の承認を得た上で別の定をしている事実は何ら認められないのであるから、結局において原告ら教職員の正規の勤務時間の割振は、前記一、に認定した「時間規則」の定めるところによるほかはないのであつて、右正規の勤務時間以外の勤務は、前項において当裁判所が理由がないと判断した以外の分は、すべて「給与条例」「時間条例」で定めるところの勤務時間外勤務であるといわざるを得ないのである。そして原告らの右勤務時間外勤務に対しこれに対応する勤務時間の振替がなされた事実についてはこれを認むべき証拠がないから被告のこの点に関する主張は採用できない。

六、最後に被告は、本件の如き原告ら教職員の時間外勤務に対しては「時間外勤務手当を支払わない」ないしは「時間外勤務手当は請求しない」旨の事実たる慣習があつた旨主張するので、この点について考えるのに、前掲各証拠によれば、前記認定のように各学校において行われている職員会議等は学校の運営を円滑、かつ、能率的に運営するために戦前から自然発生的に各学校において設けられてきた事実上の制度であつて、戦後教育の民主化が叫ばれる風潮と相俟つてさらにその重要性が加えられてきたものであるところ、教職員がいわゆる無定量の勤務義務を負う官吏であつたことの名残りもあつて、右職員会議等が勤務時間外に及ぶ場合であつても、これに参加した教職員に対する時間外勤務手当は予算にも計上されず、したがつて現実にこれが支給のなされたこともないのに拘わらず、原告らにおいて各学校長の指示するままに前記認定の如き正規の勤務時間外におよぶ職員会議等に参加してきた事実が認められる。しかしながら、原告らの任免権者あるいは学校設置者たる被告らにおいて、原告ら教職員に対するこの種の時間外勤務の実態を認識してその手当請求権の存在を容認しながらこれが支払をしないことを明示していた事実は全くなく、原告らは校長の指示に従つてこの勤務に従事したにすぎず右手当請求権を放棄したとはとうてい認められないから、被告主張の如き事実たる慣習の存在はこれを認めるに由ない。のみならず、仮りに前記の事実をもつて被告主張の如き事実たる慣習がある場合にあたると解しても、戦後労働基準法が制定されて労働者の労働時間は一日八時間、一週間四八時間制(特殊な勤務に従事する者を除き公務員については、その勤務の特殊性から一週四四時間制)が原則とされ、例外的に認められる時間外労働に対しては賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金の支払義務が使用者に強制されるにいたり、原告ら地方公務員についてもこれらの規定の適用を受けるものとされていることによつて考えれば、時間外勤務手当を支払うかどうかは公の秩序に関する事項であつて当事者の任意処分を許されない領域に属するものというべく、したがつてかかる慣習はその効力を生ぜざるものと解するのが相当である。被告のこの点の主張も理由がない。

七、以上の次第で、原告らの本訴請求のうち、前記二の(一)に認定した学校行事のうち、修学旅行、遠足の引率、付添を除く行事等に、および二の(二)に認定した職員会議等に参加したことによる時間外勤務(別紙明細表備考欄に○印をした分、但し、「給与規則」第二八条第二項により一ケ月の合計時間数が三〇分未満のものを除く)に対し、当事者間に争いがない原告らの各給料額(但し、原告岩井たけ(七一四番)については計算の基礎たる給料額の主張がない。)を基礎として、静岡県教職員に対する時間外勤務手当額の算出方法(原告主張の請求原因第四項記載の計算方法であることは被告の明らかに争わないところである)によつて算出した別紙請求認容一覧表各記載の各金額とこれに対する支払期到来後の昭和三九年二月六日以降各完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分については理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、仮執行の宣言についてはこれを付さないのが相当と認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 高橋久雄 牧山市治)

(別紙省略)

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